希望知道的事
第684话 信用されること
おはようございます。
先日、野球監督がインタビューで、「わがチームの打線は強力だから"信用"しているが、"信頼"していない」と言っていました。
皆さんは、信用と信頼の違いをどう思いますか。
この監督は、自分の打線を信じているという意味で、信用という言葉を用いたのです。
しかし、信頼という言葉にも、信じているという意味がありますが、信頼していないということは、単に信じているだけではないということを言いたかったのでしょう。
この監督は、打線を信じているが、それだけを信じて頼りにすることはできないという意味で信頼していないという言葉を使ったのです。
つまり、信頼というのは、頼りにすることなのです。頼りにするということは、依存するということなのです。このように信用と信頼というのは、少し意味が異なります。
まずは、信用されるところからがスタートです。信用されなければ、信頼されことはないのです。信頼というのは、信用よりも、もっと強く信じていることなのです。
さて皆さんは、一生懸命に信じてほしいと思っているのに、それを信用してくれなかったらどう思いますか。
信用されないことほど寂しいことはありません。信じてもらえないのですから、嘘を言っていると思われてしまっているのでしょう。
でも、なぜ、信用されないようなことが起きるのでしょう。
それは、かつて信用されないようなことをしたか、相手を裏切るようなことをしたからではないでしょうか。
そればかりではありません。全く過去にそのようなことをしたことがない場合でも、最初から簡単に信用してもらうことは難しいことなのです。
初めて出会った人に、出会ったばかりで信用してほしいと言っても、何を信用して良いのか判りませんね。
つまり、日々の言動や行動の中からしか、人は他人から信用を得ることは難しいのです。そして、その逆に信用を失うことは、ほんの僅かなことでも一瞬で失ってしまうのです。
感谢。2010年8月24日