希望听到的事
第960话 運命のいたずら
おはようございます。
皆さん、今日もお元気ですか。元気な気持ちは、健康の源です。今日も一日、張り切って楽しく過ごしましょう。
私は先週、あるゲームを見ました。二つのコインを放り投げて、表か裏かを当てるゲームです。二つのコインが異なった場合には、やり直しとなりますので、理論的な確率は二分の一です。
その様子をしばらく見ていると、表が何度も続いたり、裏と表が交互に出たりして、それを当てるのは、難しいことに気付きます。
理論的な確率は二分の一の確率なのに、なぜ、5回も6回も表が続くのか不思議でなりません。
でも、それを何百回も何千回も行うと、限りなく二分の一の確率に近づくことでしょう。ただし、その途中では、運命のいたずらかのように、同じことが繰り返されたり、続いたりしてしまうのです。
このように考えると、人は、生きている間においても、失敗が連続して続いたり、成功と失敗を繰り返したりと、運命のいたずらかのように、同じことが繰り返されたり、続いたりしてしまうこともあるでしょう。
何度やっても失敗したとしても、コインの裏表と同じように、偶々運命がいたずらしているだけかも知れません。
二分の一の確率のコイン投げであっても、決して連続して裏表を当て続けることはできないでしょう。仮に何度か連続して当て続けることができたとしても、何れきっと、今度は何度か連続して負け続けることもあるはずです。
コイン投げのように、人生には、自分の力ではどうしようもないこともあるはずです。どんなに努力しても、念じても、単なる確率の組み合わせだけで、自分ではどうしようもないのです。
このようなことは、長い人生の中では、きっと誰もが経験することでしょう。
だから例え成功が続いたとしても、それが永遠に連続して続くことなどあり得ないという気持ちを持つことも大切ではないでしょうか。
また、どんなに失敗や悲しいことが続いたとしても、それは単に偶々その時に連続して発生しただけで、あなたが何か悪いことをしたからではないのです。どんなに悲しいことが続いたとしても、未来を見つめて生きていれば、きっと必ず良いことも起こることでしょう。
私は、そのように私自身に言い聞かせています。
感谢。2011年10月 7日