应该遵守的事
第1026话 忠告とアドバイス
おはようございます。
皆さん、今日も新しい朝を向かえました。過ぎ去った昨日とは異なる新しい一日が始まったのです。今日も一日、新鮮な気持ちを忘れずに、新しい視点で物事を考えましょう。
皆さんは、親しい友人から「そのやり方は注意したほうが良いよ」と忠告されたことがありませんか。
親しい友人は、あなたのためと思って、善意の気持ちで忠告したのでしょう。だから、忠告された側は、素直にその忠告を受け入れて、注意するようにしたほうが良いのです。
しかし、忠告と言う行為は、とても難しい行為です。
とても親しい人が、あなたに忠告をしてくれるというのは、あなたのことを大切に思って、改善すべきポイントを言ってくれるのです。だから、その忠告の言葉は、言われた側のあなたにとっては、とても耳が痛いことでしょう。
その耳の痛い言葉を言ってくれるのは、心地よい言葉ばかりを言う友人よりも、信頼できる言葉に値するかも知れません。真の友人というのは、あえて言いにくい言葉でも、親身になって忠告してくれるものです。
だから、耳の痛い言葉を言ってくれる人には、自分が気づかなかったことを気づかせてくれたのですから心から感謝しなければなりません。
しかし、忠告というのは、深い信頼関係が築けてこそ意味があるものなのです。
信頼関係が薄い仲では、どんなに相手のためを思って良かれと忠告しても、それは忠告にはなりません。忠告は、時には、言葉の暴力にもなり、人間関係が極めて悪化します。
時々、知ったかぶりをして、上から目線で、他人に忠告する人がいますが、その行為は全く誤解しています。それは、忠告ではなく、ただ単に短所や欠点を相手にぶつけ、相手を傷つけていることになるのです。
忠告と言う行為は、とても難しい行為です。心地よい言葉ばかり言う友人では、自分のためになりませんが、だからと言って、欠点や短所を述べるのが忠告ではないのです。
忠告というのは、心からのアドバイスであり、言う人はその言葉に責任を持つことでもあるのです。他人に忠告をするなんて、そんなに容易いものではないのです。他人に忠告する前に自分自身に忠告しなければなりませんね。
私は、そのように私自身に言い聞かせています。
感谢。2012年1月19日